自己肯定感が足りない日にリラックスする5つの習慣
- 京都ほぐし堂WEB

- 10 時間前
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自己肯定感というと、「自分を好きでいること」や「自信を持つこと」を思い浮かべる人が多いかもしれません。でも実際は、もっと日常的なものです。
うまくいかない日があっても、必要以上に自分を嫌いにならないこと。失敗しても、「それで全部だめ」という見方をしすぎないこと。人と比べて気持ちが揺れても、ちゃんと自分の場所に戻ってこられること。そういう、毎日の中で自分を極端に削らずにいられる感覚も、自己肯定感のひとつなのではないでしょうか。
そしてこの感覚は、気持ちだけでできているわけではないんですよね。ちゃんと眠れているか。朝をどんなふうに始めているか。体に力が入りっぱなしになっていないか。落ち着ける時間や環境があるか。そういう毎日の暮らし方にも、かなり左右されます。
調子がいい日は、ちょっとしたことがあっても、そこまで深く引きずらずにすみます。人の言葉も少しやわらかく受け取れますし、自分に対しても少し余裕を持てます。でも、疲れていたり、ずっと気を張っていたり、朝から自分を急がせていたりすると、いつもなら流せることまで気になりやすくなります。
だから自己肯定感を考えるときは、「どう高めるか」だけでなく、どうすれば毎日の中ですり減りにくくなるかを見ることも大切。
このコラムでは、自己肯定感を無理に上げようとするのではなく、毎日を少し気持ちよく過ごすためのリラクゼーション生活という視点から、心を整える習慣を5つ見ていきます。
朝の始まり方。体のゆるめ方。自分の見方。落ち着ける環境。自分にかける言葉。
どれも派手な方法ではありません。でも、こういう小さな整え方の積み重ねが、自分を少し扱いやすくしてくれます。
まずは、朝に自分を急がせないことから見ていきましょう。
第1章|朝に、自分を急がせない時間を少しつくる
自己肯定感って、朝の始まり方ともけっこう関係しているんですよね。
というのも、朝からずっと自分を急がせていると、その日一日、自分への目がきつくなりやすいからです。起きた瞬間から予定を思い出して、遅れないようにして、ちゃんと動かなきゃと思っていると、まだ何も起きていないのに、もう少し疲れてしまいます。
反対に、朝の最初に少し余白があるだけで、その日の気分はわりと変わります。何か特別なことをする必要はありません。ただ、起きてすぐに外の情報でいっぱいにしない。それだけでも、かなり違うんです。
たとえば、目が覚めてすぐにスマホを見ると、一気に一日が始まります。連絡、予定、ニュース、やること。頭はまだ静かになりきっていないのに、外のものがどんどん入ってくる。そうすると、自分の感覚より先に「ちゃんとしなきゃ」が動き出します。
もちろん、スマホを見ることが悪いわけではありません。でも、自己肯定感が揺れやすい人ほど、朝いちばんに外のものへ引っぱられると、自分のペースを失いやすいんですよね。
だからおすすめしたいのは、朝の数分だけでも、自分の感覚を先に取り戻すことです。
窓の外を見る。顔を洗う。お茶を飲む。深呼吸をする。今日のことを全部考える前に、「今の自分はどうかな」と感じてみる。それくらいで十分です。
朝って、気づかないうちに自分を採点しやすい時間でもあります。ちゃんと起きられたか。だるくないか。今日もちゃんとやれそうか。そんなふうに、まだ始まってもいない一日を、最初から評価してしまうことがあるんですよね。
でも、本当はそこまで急いで採点しなくてもいいはずです。眠い朝もありますし、ぼんやりする日もあります。すっきりしない日だってあります。そういう朝があることと、自分の価値は別の話です。
自己肯定感が低いと感じる人ほど、この「朝の自分の扱い方」が大事です。朝いちばんに自分を雑に扱うと、その流れが一日じゅう続いてしまいやすいからです。
もっと早く。もっとちゃんと。
そんな声が頭の中に残ると、小さなことでも失敗みたいに見えやすくなります。
でも、朝の最初に少し静かな時間があると、「今日はここから始めればいい」と思いやすくなります。全部うまくやることより、まず起きたこと。一口飲み物を飲んだこと。顔を洗ったこと。
そういう小さい始まりをちゃんと始まりとして受け取れると、自分への見方も少しやわらかくなります。
これは、自己肯定感を急に上げる方法ではありません。でも、自分を必要以上に削らない始め方にはなります。
朝に余白がある人は、特別に意識が高いわけではないと思います。ただ、自分を朝から追い込みすぎないだけなんですよね。それが結果として、その日一日の心の荒れ方を少し変えてくれます。
完璧な朝じゃなくて大丈夫。きれいに整ったルーティンがなくても大丈夫です。大事なのは、起きた瞬間から自分を責める流れに乗らないこと。朝の自分を急かしすぎないことです。
自己肯定感を守るって、こういう小さなことの積み重ねなんですよね。朝の最初に少しだけ余白がある。それだけで、自分に向ける目は少しやさしくなります。
次の章では、気持ちの問題に見えて、実はかなり関係している体のこわばりについて見ていきます。自分に厳しくなりやすい日は、心より先に、体がずっと緊張していることがあります。
第2章|体を少しゆるめると、自分への見方もやわらぎやすい
自己肯定感って、気持ちだけでできているわけではないんですよね。
たとえば、ちゃんと眠れていない日。肩や首がずっと重たい日。気づいたら歯を食いしばっている日。そういう日は、考え方まで少しきつくなりやすいものです。
普段なら流せることが引っかかったり、ちょっとしたミスを大きく受け取ったり、「なんでこんなこともできないんだろう」と思いやすくなったりする。
でもそれって、心が弱いからというより、まず体のほうに余裕がなくなっていることも多いんです。
体がこわばっていると、人は自然と身構えます。呼吸も浅くなりやすいですし、気持ちもずっと前のめりになりやすい。そうなると、物事を受け取るときのやわらかさが減ってしまいます。自分への見方まで、少し固くなってしまうんですよね。
だから、自己肯定感を整えたいときは、気持ちだけをどうにかしようとするより、先に体を少しゆるめたほうがうまくいくことがあります。
ここで言う「ゆるめる」は、たいそうなことではありません。長いストレッチを毎日続けるとか、完璧なセルフケアをするとか、そういう話ではないんです。もっと小さなことで十分です。
お風呂に少し長めに入る。肩を回す。首の後ろを温める。少し歩く。足の裏をほぐす。背中を伸ばしてみる。そういうことを、その日のどこかで少し入れてみる。それだけでも、気持ちのきつさは変わりやすくなります。
不思議なんですけど、体が少し楽になると、自分への言い方まで少し変わることがあるんですよね。
さっきまで「もう無理」「自分はだめだ」と思っていたのに、お風呂に入ったあとや、少し歩いたあとには、「今日は疲れてたんだな」くらいまで受け取り方が変わることがあります。出来事は同じでも、受け取る自分の状態が違うんです。
この差はかなり大きいです。
自己肯定感が低い人ほど、自分のしんどさを全部「考え方の問題」にしやすいところがあります。もっと前向きにならなきゃ。気にしすぎるのをやめなきゃ。自分を認められるようにならなきゃ。もちろん、その方向も大事です。でも、疲れた体のままだと、そういう言葉はなかなか入ってきません。
むしろ、そういう言葉さえプレッシャーになることがあります。「前向きになれない自分」がまた責める理由になってしまうからです。
だったら先に、体の力を少し抜く。そのほうがずっと自然です。
たとえば、肩が上がっているときって、それだけでずっと何かに備えている感じがあります。首が固いと、視界まで少し狭くなったような気がします。背中が張っている日は、呼吸も浅くなりやすい。そういう状態でいると、世界の見え方まで少し厳しくなるんですよね。
反対に、肩が少し下がる。呼吸が少し深くなる。足の裏がゆるむ。それだけで、気持ちが全部晴れるわけではないけれど、少なくとも「自分を責める勢い」は弱くなりやすい。この感覚は、自己肯定感を守るうえでかなり大切です。
自分に厳しくなっている日に、すぐ心の中を整理しようとしなくて大丈夫です。まずは「今日、体は固まってないかな」と見てみる。それだけでも、かなり現実的です。
首はどうか。肩は上がっていないか。呼吸は浅くないか。顔まで固くなっていないか。そこに気づけるだけでも、「今のしんどさは全部、自分の性格のせいじゃない」と思いやすくなります。
これはすごく大事なことだと思います。
自己肯定感が低いと、自分の中で起きていることを、なんでも自分の欠点に結びつけやすくなります。でも実際には、ただ疲れているだけのこともあるし、休みが足りていないだけのこともあるし、体がずっと緊張しているだけのこともあります。そこを無視して、全部「もっとしっかりしなきゃ」の話にしてしまうと、どんどん苦しくなります。
だからこそ、自分を立て直す順番は、心を励ます前に、体を少し楽にするくらいでちょうどいいんですよね。
完璧に整わなくても大丈夫です。少し温まる。少し伸びる。少し息が深くなる。そのくらいで十分です。
自己肯定感を守るというと、何か立派なことのように聞こえるかもしれません。でも実際は、こういう地味な体の扱い方のほうが、かなり効いてきます。ずっと固まったままで、自分にやさしくなるのは難しい。だからまず、少しゆるめる。それだけで、その日の自分に向ける目は変わってきます。
次の章では、自己肯定感が低い人ほどやりがちな、できていないことばかり見てしまう癖について見ていきます。何が足りないかではなく、何が終わっているかを見るだけでも、自分への感じ方は少し変わります。
第3章|できていないことより、終わったことを見る
自己肯定感が低い人って、できたことより、できていないことのほうが先に目に入りやすいんですよね。
ちゃんと起きられた。仕事や家のことをひとつ終わらせた。連絡を返した。今日も一日なんとか過ごした。そういうことは意外と流れていくのに、返せなかったひと言とか、うまくできなかった場面とか、足りなかったところだけが強く残りやすい。頭の中で反省会が始まると、できたことのほうはすぐ小さくなってしまいます。
でも、これって少しもったいないんですよね。
毎日は、完璧にできたことだけでできているわけではありません。むしろ、ちゃんと名前をつけないまま終わっていく小さな行動の積み重ねでできています。起きたこと。着替えたこと。ごはんを食べたこと。人とやりとりしたこと。その日の役目を何かしら果たしたこと。そういうものがあるのに、自己肯定感が下がりやすいと、それを「できて当然」にしてしまいがちです。
そして、できなかったことだけを「ほら、やっぱり」と拾ってしまう。この見方の癖が、自分への感じ方を少しずつきつくしていくのだと思います。
だから大事なのは、急に自分をすごいと思うことではありません。もっと現実的に、終わったことをちゃんと終わったこととして見ることです。
これは、自分を甘やかすこととは少し違います。実際にやったことを、なかったことにしないだけなんですよね。
たとえば、何かひとつうまくいかなかった日でも、その日が丸ごとだめだったわけではありません。ちょっと落ち込むことがあった日でも、ちゃんとこなしたことはあるはずです。でも、自己肯定感が低いと、その「あるはずの部分」が見えにくくなります。全部の印象が、最後に残った反省で塗られてしまうからです。
たぶん、自分を責めやすい人ほど、毎日を減点方式で見ています。
足りなかった。遅かった。もっとできた。ちゃんと返せなかった。気が利かなかった。そういう見方に慣れてしまうと、一日を終えるたびに、自分の中に小さな借金だけが増えていく感じになります。それでは、気持ちが休まりにくいのも当然なんですよね。
だから、ここで少し見方を変えてみる。
今日は何が終わったか。何ができたか。どこまで進んだか。そこを意識して拾うだけでも、自分への感じ方は変わりやすくなります。
もちろん、急に前向きな日記を書く必要はありません。「今日は最高だった」と言わなくてもいい。大きな達成を探さなくてもいいんです。本当に小さいことで十分です。
朝起きた。出かけた。洗濯した。気になっていた連絡を返した。ちゃんと食べた。今日は無理だと思いながらも、ひとつはやった。そういうことでいいんですよね。
むしろ、そういう小さなことのほうが、自己肯定感には効きます。なぜなら、毎日はほとんどその小さなことたちでできているからです。
特別な成果があった日だけ、自分を認める。それだと、認められる日が少なすぎます。でも、小さく終わったことまで見えるようになると、自分への印象は少し安定しやすくなります。
これって、すごく派手な変化ではありません。でも、「今日もまた全然だめだった」と思う日が減るだけで、かなり違います。
おすすめなのは、夜に長い振り返りをすることではなく、終わったことを短く確認することです。
今日やったことを、3つくらい見る。本当に短くていい。考え込まない。評価しすぎない。ただ、「これは終わった」と確認する。そのくらいのほうが続きやすいんですよね。
長く振り返ろうとすると、どうしても反省が混ざります。もっとこうすればよかった、も出てきます。
でも今ほしいのは反省の精度ではなく、自分の一日を必要以上に悪くしない見方です。
だから、整えるための振り返りは、少し軽いくらいでちょうどいい。
今日は朝ちゃんと出られた。あの連絡を返した。しんどかったけど洗いものは終わった。そういう確認をすると、「自分は何もできていない」という思い込みが少しだけ弱くなります。
それに、終わったことを見る習慣があると、失敗の見え方も少し変わります。
うまくいかなかったことがあっても、それだけが一日全部ではなくなるからです。今日はここはだめだった。でも、これとこれはちゃんとやった。そうやって一日の輪郭を少し正しく見られるようになります。
自己肯定感が低いときって、自分の一部の失敗を、自分全体の価値みたいに感じやすいんですよね、本当はそんなことはないのに。うまくいかなかった場面はあっても、その日ずっと何もしていなかったわけではない。ちょっと落ち込んでも、ちゃんと動いていた部分はある。そこが見えるだけでも、自分への印象はだいぶ変わります。
それから、ここで大事なのは、「もっとできたのに」はいったん横に置くことです。
もっとできたかもしれない。たしかにそういう日はあります。でも、その考え方って終わりがないんですよね。どこまでいっても、「もっと」は残ります。だから、自己肯定感を守りたいときは、「もっとできた」より「ここまでは終わった」を先に見たほうがいい。
その順番のほうが、自分をすり減らしにくい。
できていないことをゼロにするのは無理です。でも、終わったことを見ないままでいるのは、少し損です。せっかくやったことまで、自分で見逃してしまうからです。
毎日を気持ちよく過ごすためには、足りないところを直す力も大事です。でも、それと同じくらい、終わったことをちゃんと終わったこととして受け取る力も大事なんですよね。
自己肯定感って、特別な日に大きく上がるものというより、こういう日々の見方でじわじわ変わっていくものです。「何もできていない」と思う日が減るだけでも、自分との付き合い方はかなり楽になります。
だから、今日できなかったことが気になる日ほど、最後にひとつでもいいから、「終わったこと」を思い出してみる。それだけでも、自分への空気は少しやわらかくなります。
次の章では、比べて疲れやすい日や、気持ちがざわつきやすい日に助けになる、落ち着ける環境を持つことについて見ていきます。自己肯定感は心の中だけで守るものではなく、場所や空気でも守りやすくなります。
第4章|落ち着ける環境をひとつ持つ
自己肯定感って、自分の考え方だけで決まるものではないんですよね。
どんな場所にいるか。どんな音の中で過ごしているか。どれくらい情報にさらされているか。そういうことでも、気持ちの安定しやすさはかなり変わります。
自己肯定感が低い人は、とくにこの影響を受けやすいことがあります。
人と比べやすい場所に長くいる。ずっと情報が入ってくる。気持ちを落ち着ける前に、次の刺激が来る。そういう環境が続くと、自分への見方も少しずつ荒れやすくなるんですよね。
たとえば、疲れている日に人のSNSを見すぎると、必要以上に落ち込むことがあります。みんなちゃんとして見える。自分だけ遅れている気がする。自分だけ整っていないように感じる。でも、これって自分の中だけの問題というより、比べやすい環境に長くいすぎることも大きいはずです。
だから、自己肯定感を守りたいときは、心を強くしようとするより先に、落ち着ける環境を持つことが役に立ちます。
ここで言う環境は、広い意味です。部屋そのものでもいいし、音でもいいし、光でもいいし、よく行く場所でもいい。とにかく、「ここにいると少し楽」という条件を、自分で知っておくことが大事なんですよね。
たとえば、照明が少しやわらかい部屋だと落ち着く人もいます。静かな音楽が流れていると、頭の中のざわつきが減る人もいます。お気に入りのカフェに行くと、気持ちが少し戻る人もいる。家の中でも、椅子ひとつ、飲み物ひとつで、気分が変わることがあります。
こういうことって、すごく小さく見えるんですけど、かなり大事です。
自己肯定感が低いと、自分の気分を立て直すのも、全部「自分の内側だけでやらなきゃ」と思いやすいんですよね。もっと前向きにならなきゃ。気にしないようにしなきゃ。自分でうまく切り替えなきゃ。でも実際は、外側の助けを借りたほうが、ずっと楽に整うことがあります。
静かな照明にする。スマホを少し遠ざける。落ち着く香りを使う。いつもの散歩道を歩く。好きなお店に行く。こういうことって、気分転換というより、自分が荒れすぎないための土台なんですよね。
部屋の空気も意外と大きいです。
散らかっていることそのものが悪いわけではありません。でも、視界に情報が多いと、それだけで落ち着きにくい人はいます。物が多い。色が多い。見なきゃいけないものが多い。そういう状態が続くと、頭の中まで少し休まりにくくなります。
だから、全部きれいに片づけなくてもいいんですけど、ひとつだけでも落ち着く場所をつくるのはおすすめです。机の一角でもいいし、ベッドまわりでもいいし、お茶を飲む場所でもいい。「ここに座ると少し楽」という場所があるだけで、自分を戻しやすくなります。
自己肯定感が低い人ほど、調子が悪い日に世界全体が少し厳しく見えやすいです。だから、せめてひとつくらい、厳しくない場所を持っておく。そのことはかなり大きいと思います。
音も同じです。
にぎやかな音が好きな人もいますが、疲れている日はいつもより音が強く感じられることがあります。人の声、通知音、動画の音、テレビの音。そういうものが重なると、自分の気持ちを整える前に、外の刺激でいっぱいになってしまうんですよね。
そんなときは、無音にしなくてもいいので、少し音を選ぶだけでも違います。落ち着く音楽を流す。環境音をかける。何も流さない時間をつくる。そういう小さな調整で、気持ちのざわつき方はかなり変わります。
自己肯定感が低い人にとって大事なのは、「どこでも平気になれること」ではなく、「自分が楽になりやすい条件を知っていること」なんですよね。
明るい場所だと元気になれる人もいれば、少し暗いほうが落ち着く人もいます。外に出たほうが楽な人もいれば、家の中で静かにしたい人もいます。正解はひとつではありません。でも、自分に合うものがわかっていると、しんどい日に自分を助けやすくなります。
それに、環境を整えることには、もうひとついいところがあります。それは、自分を責める以外の方法で、自分を助けられることです。
調子が悪いとき、自己肯定感が低い人はすぐに「また考えすぎてる」「まただめだ」と自分の中に原因を探しがちです。でも、「今日は情報が多すぎたな」「少し静かな場所に行こうかな」と外側の条件で考えられると、必要以上に自分を責めずにすみます。
これはかなり助かります。
全部を性格の問題にしない。全部を心の弱さにしない。環境のせいで疲れている日もある。刺激が多すぎる日もある。そうやって考えられるだけで、自分への当たりは少しやわらかくなります。
だから、落ち着ける環境をひとつ持つことは、ただ気分がいいだけではありません。自己肯定感を守るための、かなり現実的な方法なんですよね。
家の中でも、外でもいい。照明でも、音でも、香りでもいい。「ここに来るとちょっと楽」という条件を持っておく。それだけで、自分がすり減りそうな日に戻ってこられる場所ができます。
自己肯定感というのは自分の内側だけで支えるには、少し重たいものです。だからこそ、外側にも支えてもらう。環境の力を借りる。そのくらいでちょうどいいのだと思います。
まとめ|自己肯定感が足りない日に、リラックスする5つの習慣
自己肯定感が足りない日ってありますよね。
いつもなら流せることが気になったり、人の言葉を少し重く受け取ってしまったり、自分に対してだけやけに厳しくなってしまったりする日です。そういう日は、無理に気持ちを上げようとしなくて大丈夫です。それよりも、まずは少し落ち着けるほうへ、自分を戻してあげることのほうが大切です。
このコラムで見てきたのは、そのための5つの習慣でした。
ひとつ目は、朝に自分を急がせないこと。起きてすぐに一日を採点しないで、少しだけ静かな時間をつくる。それだけで、その日の心の荒れ方は変わりやすくなります。
ふたつ目は、体を少しゆるめること。肩や首が固まっている日ほど、自分への見方もきつくなりやすいものです。だからこそ、心を励ます前に、まずは体を少し楽にしてあげる。この順番が助けになる日があります。
みっつ目は、できていないことより、終わったことを見ること。足りないところばかり見ていると、気持ちはどんどん削られていきます。小さくても「今日ここまでできた」を拾うだけで、自分への感じ方は少し変わります。
よっつ目は、落ち着ける環境をひとつ持つこと。照明、音、香り、場所。自分が少し楽になれる条件を知っておくと、しんどい日に戻ってこられる場所ができます。
そしていつつ目は、自分にかける言葉を少しやわらかくすることです。「まただめだった」ではなく、「今日は余裕がなかった」「ちゃんとしなきゃ」ではなく、「今できる分でいい」そんなふうに言い方を少し変えるだけでも、心の削られ方はやわらぎます。
自己肯定感が足りない日は、特別なことをしなくて大丈夫です。
自分をすごく好きになろうとしなくてもいいし、無理に前向きにならなくてもいい。ただ、これ以上すり減らさないように、少し落ち着けるほうへ戻していく。そのための習慣を持っておくことが、日々の助けになります。
自己肯定感が足りない日にはまずリラックスしてみるところから。その感覚を知っておくだけでも、自分との付き合い方は少し楽になっていくはずです。


