リラックスって、人生の寄り道なのかも

仕事へ行く。買い物をする。家に帰る。連絡を返す。やることをひとつずつ終わらせて、次へ進む。
毎日は、思っている以上に「目的のある時間」でできています。
できるだけ早く着く道を選び、必要なものだけを買い、空いた時間があれば別の予定を入れる。効率よく動けることは便利ですし、忙しい日にはとても助かります。
でも、ときどき、そこから少し外れたくなることがあります。
帰り道にふらっと本屋へ入る。一本違う道を歩いてみる。予定になかった店でコーヒーを飲む。何かを買うわけでもないのに、気になる店をのぞいてみる。
用事が済んだわけでも、何かが大きく変わったわけでもない。それなのに、家へ帰る頃には少し気分がほどけている。
そんな経験はないでしょうか。
リラックスというと、横になることや眠ること、静かな場所で過ごすことを思い浮かべがちです。
けれど、人がほっとする瞬間は、必ずしも立ち止まったときだけではありません。
いつもの流れから少し外れること。目的地までまっすぐ行かないこと。何の役にも立たない時間を、あえて途中にはさむこと。
リラックスは「休むこと」というより、人生の途中で少し寄り道をすることに似ているのかもしれません。
今回は、そんな“まっすぐ進まない時間”の心地よさについて考えてみます。
目次
1章 大人になるほど、時間には「目的」が増えていく
子どもの頃は、今よりずっと寄り道が身近ではありませんでしたか?
学校からの帰り道に気になるものを見つけて立ち止まったり、友達と少し遠回りしたり、特に用事もないのにどこかへ行ってみたり。何かを達成するためではなく、ただ気の動くままに動ける時間がありました。
大人になると、そうした時間は少しずつ減っていきます。
移動するなら、できるだけ早く着きたい。買い物なら、必要なものをまとめて済ませたい。休日にも「せっかくだから」と予定を入れ、空いた時間があれば何か有意義なことをしたくなる。
もちろん、効率よく動くことが悪いわけではありません。限られた時間の中で仕事や家事をこなすには、むしろ必要なことです。
ただ、朝から晩まで「次はこれ」「その次はこれ」と目的を持って動き続けていると、何も決めなくていい時間は意外と少なくなります。
趣味でさえ、上達したい、続けたい、形にしたいと考えることがあります。せっかく始めるなら意味のあるものにしたい。せっかく時間を使うなら、何かを得たい。気づけば、好きなことにまで小さな目的地ができていることもあります。
だからこそ、寄り道のような時間には少し違った心地よさがあります。
何かを終わらせなくてもいい。何かを持ち帰らなくてもいい。ただ気になったから立ち止まる。それだけで成立する。
毎日の中で、ずっと前へ進んでいる自分を少しだけ脇道へ連れていく。
そんな時間があると、気持ちも少しだけ「次へ進むこと」から離れられるのかもしれません。
2章 寄り道には、「何も達成しなくていい」がある
寄り道は、気兼ねなく時間を使えます。
本屋に入ったけれど、結局何も買わなかった。気になる道を歩いてみたけれど、特に何もなかった。喫茶店に入って、コーヒーを一杯飲んだだけで帰ってきた。
それでも、「失敗した」とはあまり思いません。
仕事なら、終わらせることがあります。買い物なら、買うものがあります。約束なら、時間や場所があります。でも寄り道には、最初から「ここまでやれば完了」というものがありません。
途中で気が変わってもいいし、何も見つからなくてもいい。思ったより楽しくなければ、そのまま帰ればいい。この気楽さは貴重ですよね。
日常では、知らないうちに結果を求めながら動いています。せっかく時間を使ったのだから、何か得たい。出かけたのだから楽しみたい。お金を払ったのだから満足したい。
けれど、リラックスする時間まで成果を求め始めると、「ちゃんと休めたかな」と、休むことまで採点するようになります。
寄り道には、その採点がありません。
たまたま気になるものを見つけたらうれしいし、何もなければそれでもいい。ただ少し普段と違う時間を過ごした。それだけで終われるのが寄り道。
何かを成し遂げるためではなく、何かを成し遂げなくてもいい時間。
寄り道が心地いいのは、そんな時間を日常の途中につくってくれるからなのかもしれません。
3章 予定になかったものが入ってくる
いつもの道をまっすぐ歩いていると、景色はだんだん背景になります。
どこで曲がるかも、どの店の前を通るかも、だいたい分かっている。目的地までの流れが決まっているぶん、周りを細かく見る必要もありません。
でも、一本違う道へ入ると、急に目に入るものが増えます。
知らなかった店があったり、思ったより静かな道に出たり、季節の花が咲いていたりする。目的地は変わっていなくても、途中に少しだけ新しいものが入ってきます。
寄り道の面白さは、こうした「予定していなかったもの」に出会えることです。
しかも、それは大きな発見でなくていい。
気になる看板を見つけた。いい匂いのする店があった。夕方の光がきれいだった。普段なら通り過ぎるような小さなことでも、いつもの流れから外れたときには少し印象に残ります。
毎日が忙しいと、意識も自然と目的の方へ向かいます。次の予定、返さなければいけない連絡、今日中に終わらせたいこと。頭の中に「先」が多くなるほど、今いる場所のことは見えにくくなります。
そんなとき、寄り道は意識を少し現在へ戻してくれます。
「何か面白いものはないかな」と探す必要はありません。ただ、いつもと違う方へ少し曲がってみる。それだけで、目線がいつもの流れから外れます。
遠くへ行かなくても、日常の中にはまだ知らないものが残っています。
寄り道は、それを思い出させてくれる小さなきっかけなのかもしれません。
4章 人生にも、まっすぐ進まない時間があっていい
寄り道というと、道の途中で少し遠回りすることを思い浮かべますね。
人生の中にも似たような時間があります。
役に立つか分からないことを始めてみる。予定になかった人と話す。今の仕事とは関係のないことを学ぶ。何となく気になった場所へ行く。
そのときは「これに何の意味があるんだろう」と思っていても、あとから振り返ると、不思議とよく覚えていることがあります。
もちろん、寄り道をしたから必ず何かにつながるわけではありません。
新しい趣味が仕事になるとも限らないし、たまたま入った店で人生が変わるような出会いがあるとも限りません。むしろ、何も起こらないことの方が多いでしょう。
それでいいのだと思います。
寄り道まで「将来の役に立つか」で考え始めたら、それはもう少し目的に近いものになってしまいます。
毎日をきちんと進めることは大切です。でも、ずっと最短距離ばかりを選んでいると、自分が本当は何に惹かれるのか、どんな時間を心地よいと思うのかが見えにくくなることもあります。
少し横道にそれたときに、「こういうの好きだったな」と思い出すこともある。
人生の寄り道は、何かを得るためというより、まっすぐ進んでいる途中では見えなかったものに気づく時間なのかもしれません。
予定通りに進まない日や、何の成果もなかった時間まで、全部を無駄と思わないことも大事。少し遠回りしたからこそ見えたものがあれば、それだけで十分です。
まとめ たまには、まっすぐ帰らなくてもいい
毎日をきちんと進めていると、つい最短の道を選びたくなります。
早く着く。効率よく終わらせる。予定通りに進める。そうやって暮らすことは便利ですし、必要なことでもあります。
でも、ときどきそこから少し外れる時間があると気持ちまで少しゆるみます。
帰り道に本屋へ入る。気になる路地を歩く。少しだけ遠回りする。予定にはなかったけれど、なんとなく心が向いた方へ行ってみる。
何かを達成したわけではなくても、そんな時間のあとには、不思議と少し気分がふわっと変わっていることがあります。リラックスというと、休むことや身体を横にすることを思い浮かべますが、こんな風にずっと目的に向かって進んでいる状態から少しだけ外れることも、ひとつの休み方なのかもしれません。
寄り道には成果も正解もありません。
何も見つからなくてもいいし、少し遠回りしただけでもいい。そのくらい自由な時間が、毎日の中に少しある。
人生を止めるのではなく、ほんの少しだけ道を外れてみる。
リラックスって、案外そんなところにあるのかもしれませんよ。


